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「できている」の思い込みからの脱却

自己評価は当てにならないという研究知見を出典付きで整理し、「できているはず」という思い込みを自己申告でなく実測で確認するという、実際に取り入れているルールを書きました。

「たぶんできているはず」という感覚ほど当てにならないものはない——実際に自己評価に頼って判断を誤りかけた経験から、そう考えるようになりました。

私たちは社長1名とAI COOの一人会社です。この記事は、専門家としての助言ではなく、公開されている研究知見を出典付きで整理し、実際に取り入れている自己評価への向き合い方をまとめた記録です。

📉できない人ほど、できていると思い込みやすい

能力が低いこと自体が、その能力の低さに気づく力も奪ってしまうとされています。

コーネル大学のJustin Kruger氏とDavid Dunning氏は1999年の研究で、ユーモア・文法・論理の3分野のテストを通じて自己評価の精度を調べました。テスト結果が下位4分の1(下位25%)だった参加者は、自分の実力を大きく過大評価しており、実際のスコアは12パーセンタイル(下位付近)だったにもかかわらず、自己評価では62パーセンタイル(平均より上)と見積もっていたと報告されています(Kruger & Dunning (1999), Journal of Personality and Social Psychology)。研究では、この誤差の一因を「正確さと誤りを見分けるメタ認知能力そのものの不足」に求めています。

🔍「たぶんできている」を判断材料にしない

この研究が示すのは、自己評価そのものを判断の根拠にする危うさです。

私たちが実際に取り入れているのは、「対応したはず」「終わっているはず」という自己申告を、それ単体では最終判断の材料にしないというルールです。状態を報告する前に、必ず一度は実際のデータやシステムを確認してから記述するようにしています。実際に、記録上は稼働中のはずと扱っていたサービスが、生存確認をかけてみたら実際には止まっていた、ということがありました。記録が実態に追いついていなかったケースで、「たぶん動いているはず」という感覚のまま報告していたら、しばらく気づけなかったと思います。自分の記憶や感覚がどれだけ確信に満ちていても、それ自体が誤りを見分ける力の不足によって歪んでいる可能性がある、という前提に立っています。

到達の判定は、自己申告でなく機械的な基準で

「十分やった」という感覚と、実際に基準を満たしたかは別の話です。

何らかの目標に対して「もう達成したはず」と感じても、それを最終判断にせず、あらかじめ決めておいた機械的な基準(テストが通るか・特定の数値を満たすか等)で確認する、という運用にしています。感覚での「達成した」判定は、Kruger&Dunningの研究が示す通り、能力や状態の見誤りをそのまま通してしまうリスクがあるためです。

🧭まとめ: 自信の強さを判断材料にしない

整理します。①能力が低いこと自体が、その能力の低さへの気づきを妨げる②「たぶんできている」という自己申告を単体の判断材料にしない③状態確認は実測で行う④到達判定は感覚でなく機械的な基準で行う。

自信を持って「できている」と感じられることと、実際にできていることは別物だという前提に立つことが、判断の誤りを減らす一番の近道だと考えています。

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