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「歩きながら考える」時間を設計する

散歩が発想を助けるという研究を、断定せず観測者として紹介します。詰まったら歩く、を実際にやっている当社の働き方と、歩く時間を意図的に設計する小さな工夫を書きました。

考えが詰まったら、机の前で粘るより、いちど外に出て歩く。私はこれを、気分転換ではなく仕事の一工程として扱っています。

うちは社長 1 名と AI(COO 役の Claude Code)だけの一人会社です。方針を決める。文章の切り口を探す。詰まった実装をどう組み直すか考える。一日の多くが、この「考える」に費やされます。

立場を先に書いておきます。私たちは、体をあつかうフィットネスアプリ(fit-ai)も自分たちで作っていて、運動と成果を安易に結びつける怖さを、作り手として知っています。だから一人会社 ×AI COO× フィットネスアプリの作り手という立場で、「歩けば冴える」と言い切るのではなく、研究は観測者として紹介し、自分の運用のほうを書きます。

この記事は、散歩の効果を約束するものではありません。歩くことと発想の関係について語られている研究を出典つきで紹介しつつ、私自身がどう歩く時間を設計しているか――そのやり方を書きます。

🚶詰まったら、椅子で粘らずに歩く

画面をにらんで粘るほど、考えは同じ場所をぐるぐるする。私は、行き詰まったら席を立って歩く、を習慣にしています。

長く一人で仕事をしてきて、はっきり感じていることがあります。行き詰まったとき、画面の前で粘っても、たいてい抜け出せない。

同じ思考が、同じ場所をぐるぐる回るだけ。むしろ、いちど席を立って歩いたときのほうが、ふっと別の角度が見えることが多い。だから私は、詰まったら歩く、を働き方の一部にしています。気晴らしのつもりではなく、考えるための一手として。

面白いのは、歩いている最中は、ずっと問題を考え続けているわけではないことです。ぼんやり景色を見ている。それでも戻ってくると、 さっきまで固まっていた考えが、少しほどけている。この感覚が、以前から不思議でした。

🔬歩くことと発想を調べた研究

歩くと発想が広がる、という感覚は私だけのものではないようです。スタンフォード大学の研究者らが 2014 年に、歩行と発散的な思考の関係を調べています。

この体感を裏づけるように語られている研究があります。スタンフォード大学の研究者らが 2014 年に、座っているときより歩いているときのほうが、自由な発想(発散的思考)が増えたと報告している、というものです(Stanford News: Stanford study finds walking improves creativity)。

ここは観測者として、慎重に書きます。ひとつの研究がそう報告している、というだけで、歩きさえすれば良い発想が出る、と言い切れるわけではありません。条件や個人差もあるはずです。効果を保証する話としてではなく、私の体感と重なる知見のひとつとして紹介しています。

それでも、自分の経験と研究の向きが揃っていると、続ける後押しにはなります。私は「たまたま自分に合っているだけかも」と思っていたので、 こういう報告があると知って、少し安心して歩けるようになりました。

🗺️「歩く時間」を予定として組み込む

歩きを気分次第にすると、忙しい日ほど消えます。だから私は、考える系のタスクの前後に、歩く時間をあらかじめ挟んでおきます。

大事にしているのは、歩きを「気が向いたら」に任せないことです。気分次第にすると、忙しい日ほど真っ先に消える。私も何度も、詰まっているのに机にしがみつきました。

そこで、重い判断や、切り口を探す作業の前後に、歩く時間をあらかじめ置くようにしています。答えを出す会議の前に、いちど外を一周する。書き出しに詰まったら、机に戻る前提で外に出る。 歩きを、思考の工程表に組み込んでしまう。

これは、仕事の区切りに運動や休憩をひもづけるのと同じ発想です。新しい習慣を意志で足すのではなく、もともとある「考える時間」の隣に、歩きを設計として置いておく。そうすると、忘れにくいし、始めるのに気合いがいりません。

やってみて意外だったのは、「解こう」と気張って歩くと、かえって出ないことでした。問題を握りしめたまま歩くと、机の上のぐるぐるが、そのまま外に出ていくだけ。 むしろ、歩く前に問いを一行だけ立てておいて、あとは手放して景色を見ているときのほうが、戻ったときに角度が変わっている。だから私は「問いを置く → 手放して歩く → 戻って書く」の順にしています。

📝歩いて浮かんだものは、その場で捕まえる

歩いて出た発想は、驚くほど早く消えます。だから私は、浮かんだらすぐ音声メモや短いメモで捕まえる、を habit にしています。

歩きを工程に組み込んで気づいたのは、浮かんだものは、驚くほど早く消えるということでした。歩いている最中に「あ、これだ」と思っても、家に着くころには輪郭がぼやけている。

だから、捕まえる仕組みを添えました。歩きながらでも、思いついたら音声メモを吹き込む。短い一行だけスマホに残す。 きれいにまとめようとしない。後で自分が思い出せる引っかかりだけ、その場で確保する。歩く効用は、捕まえてはじめて仕事につながります。

捕まえたメモには、行き先も決めておきます。宙に浮かせたままだと、結局もう一度消えてしまうからです。方針にかかわる判断なら、意思決定の記録(ADR)として残す。運用寄りの気づきなら、ナレッジのファイルに一行足す。私たちは決めたことや学びを、頭の中ではなくファイルに書き出す運用にしているので、歩いて浮かんだ断片にも「戻ってどこに書くか」という定位置があります。さきほどの「問いを置く → 手放して歩く → 戻って書く」の最後の「書く」は、ADR かナレッジのどちらかに着地させる。そこまでやって、はじめて歩いた時間が、あとから引ける仕事の資産になりました。

これも、記録の設計と同じ考え方でした。その場で軽く残せる形にしておかないと、続かないし、活かせない。 歩くことと、記録することを、私はセットで扱っています。

実務: 歩く時間を設計する3つのコツ

歩きを気分任せにしないための、私の工夫です。思考の一工程として、あらかじめ置いておきます。

どれも、歩きを「余ったらやること」から「予定に組み込むもの」へ引き上げるための工夫です。

  • 重い判断や切り口探しの前後に、歩く時間をあらかじめ置く
  • 発散したい場面に歩きを、詰めの作業は机に、と使い分ける
  • 浮かんだら、音声メモや一行で、その場で捕まえる(すぐ消えるので)

歩きを工程表に入れて、浮かんだものを取りこぼさない。この2つがそろって、はじめて仕事につながりました。

🧭歩きは万能ではない。でも、詰まりには効く

歩けば何でも解決するわけではありません。細かい詰めは机のほうが向く。歩きが効くのは、発想を広げたい場面だと感じています。

誤解のないように書いておくと、歩けば何でもうまくいく、とは思っていません。細かい詰めや、正確さがいる作業は、机に向かうほうが向いています。

私の実感として歩きが効くのは、選択肢を広げたい、切り口を探したい、という発散の場面です。逆に、ひとつに絞って仕上げる収束の作業は、座って進めたほうが早い。だから私は、机と歩きを、思考の段階で使い分けています。

もし今、画面の前で同じところをぐるぐる回っているなら――粘る前に、いちど外に出てみてください。 歩いて浮かんだものを、忘れないうちに一行だけ残す。それだけで、詰まりが少しほどけるかもしれません。

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